2020年6月、すい臓がん治療薬としてオニバイドというリポソーム製剤が発売されました。
リポソーム製剤はその有用性から、今後も注目や期待を集めるものと思われます。
そこで本コラムでは、製薬メーカーで約10年にわたり製剤開発を経験した筆者が、リポソーム製剤の特徴やがん治療に利用される背景を解説します。
リポソーム製剤とは
リポソーム製剤とは、油の膜でできた小さなシャボン玉のようなカプセル(=リポソーム)に薬を閉じ込めた製剤のこと。
油の膜の厚さは5nmほどで、リポソーム自体の大きさは数nmから数μmほどのものが一般的です。(筆者作成の下図参照)
リポソームはDDS技術の一つとして活用され、製剤の分野では多くの研究開発がなされてきました。
DDSとはドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System)の頭文字をとったもので、薬を体内に届ける際に、適切な場所・タイミング・量を調節するための薬物送達コントロール技術です。
体内に入った薬は、血液によって患部に運ばれて初めて効果を発揮しますが、この段階でロスが生じてしまいます。
また、薬が患部以外の場所で働いてしまうと、思わぬ副作用が起きることも……。
DDS技術はこういった問題を解決するために活用されており、リポソーム製剤もそのひとつなのです。
リポソーム製剤の利点
リポソーム製剤には以下のようなメリットがあります。
すでに説明したようにリポソーム製剤は、患部に直接薬物を届けることで副作用を軽減できます。
処方を工夫すれば、ゆっくりと薬物を放出(徐放化)させ効果を長持ちさせることも可能です。
また、薬には水に溶けやすい性質のものと油に溶けやすい性質のものがありますが、リポソームの膜は水にも油にもなじみやすい性質なので、どちらの薬でも製剤化しやすいことが特長です。
そしてリポソームの膜は人体と同じ成分でできているので、なじみが良く、アレルギーの原因になりにくい点もメリットといえます。
リポソーム製剤の欠点
一方でリポソーム製剤には、こんなデメリットも。
リポソーム製剤の製造には特殊な機械を用い、製造・評価が難しいため、開発を行うメーカーはそれほど多くありません。
まだまだ製剤として開発されたものは少ないのが現状です。
また、現行のリポソーム製剤は注射剤なので、飲み薬や塗り薬と比べて患者さんへの負担が大きくなる点もデメリットと言えるでしょう。
血中に投与されたリポソーム製剤は、体内の異物をキャッチする組織のせいで長時間存在できないという欠点がありますが、これはリポソーム表面をポリエチレングリコールという成分で修飾するPEG化によって克服しています。
抗がん剤として期待されるリポソーム製剤
日本国内の抗がん剤としてのリポソーム製剤は、2007年から販売されている「ドキシル」と、つい最近、承認・販売開始されたばかりの「オニバイド」が挙げられます。
リポソームがガン領域で用いられる理由をご説明しましょう。
健康な血管には、周りの細胞に酸素や栄養を届けるための小さな穴(最大30nm程度)が空いています。
しかし、がん細胞は急激に増殖するため、通常の血管からの酸素と栄養だけでは足りず、不足分を補おうと自らの組織周辺に新たな血管を作り出します。
この時、がん細胞は突貫工事で血管を作るため、その血管の壁は穴だらけ。
穴のサイズも100~200nmほどと大きく、脆くて不安定な状態です。
がん治療のためのリポソーム製剤は、この穴のサイズ差を逆手に取り、リポソームの粒の幅を50nm~100nmほどに設計しています。
つまり、がん細胞近くの血管の壁だけを通過する薬物送達カプセルになっているのです。
さらに、がん細胞付近はリンパ系も発達しておらず、有効成分が蓄積されやすい状態になっているので、成分をそこに留めながら作用させることができます。(EPR効果)
そのほか、癌光化学療法への応用(※)も期待されています。
こういった背景から、がん治療を目的としたリポソーム製剤の開発が盛んに行われているのです。
リポソーム製剤の種類一覧

(2020年10月時点、筆者調べ)
さいごに
リポソームの研究は1970年代ごろから行われてきましたが、血液中で長時間持たないという欠点から製剤化は難しいとされていました。
それが克服された1990年代以降には相次いでリポソーム製剤が登場し、近年では医薬品のみならず化粧品やサプリにも利用されるなど、ぐっと身近なものに。
現在もDDSや遺伝子工学の分野で盛んに研究開発が進められているので、今後も画期的なリポソーム製剤の登場に期待できそうです。
論文検索をしてみるだけでも、これまでのリポソーム研究の変遷が見えてきます。
この先どんなリポソーム製剤が登場するのか、論文から探ってみるのも面白そうですね。