リポソーム製剤とは?利点や欠点を元製薬メーカー社員が解説

2020年10月21日 | 論コラム

2020年6月、すい臓がん治療薬としてオニバイドというリポソーム製剤が発売されました。
リポソーム製剤はその有用性から、今後も注目や期待を集めるものと思われます。

そこで本コラムでは、製薬メーカーで約10年にわたり製剤開発を経験した筆者が、リポソーム製剤の特徴やがん治療に利用される背景を解説します。

 

リポソーム製剤とは


 

リポソーム製剤とは、油の膜でできた小さなシャボン玉のようなカプセル(=リポソーム)に薬を閉じ込めた製剤のこと。
油の膜の厚さは5nmほどで、リポソーム自体の大きさは数nmから数μmほどのものが一般的です。(筆者作成の下図参照)

リポソームのイメージ図

リポソームはDDS技術の一つとして活用され、製剤の分野では多くの研究開発がなされてきました。

DDSとはドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System)の頭文字をとったもので、薬を体内に届ける際に、適切な場所・タイミング・量を調節するための薬物送達コントロール技術です。

体内に入った薬は、血液によって患部に運ばれて初めて効果を発揮しますが、この段階でロスが生じてしまいます。
また、薬が患部以外の場所で働いてしまうと、思わぬ副作用が起きることも……。

DDS技術はこういった問題を解決するために活用されており、リポソーム製剤もそのひとつなのです。

 

リポソーム製剤の利点


 

リポソーム製剤には以下のようなメリットがあります。

✔ 患部への有効成分送達(ターゲッティング)が可能
✔ 水にも油にもなじみやすい性質(両親媒性)
✔ 生体膜と同じ二重構造の脂質膜からなる

すでに説明したようにリポソーム製剤は、患部に直接薬物を届けることで副作用を軽減できます。
処方を工夫すれば、ゆっくりと薬物を放出(徐放化)させ効果を長持ちさせることも可能です。

また、薬には水に溶けやすい性質のものと油に溶けやすい性質のものがありますが、リポソームの膜は水にも油にもなじみやすい性質なので、どちらの薬でも製剤化しやすいことが特長です。

そしてリポソームの膜は人体と同じ成分でできているので、なじみが良く、アレルギーの原因になりにくい点もメリットといえます。

 

リポソーム製剤の欠点


 

一方でリポソーム製剤には、こんなデメリットも。

✔ 錠剤などと比べ製剤開発が難しい
✔ 血管内に投与するため注射剤となってしまう
✔ 血中での安定性や滞留性に難あり

リポソーム製剤の製造には特殊な機械を用い、製造・評価が難しいため、開発を行うメーカーはそれほど多くありません。
まだまだ製剤として開発されたものは少ないのが現状です。

また、現行のリポソーム製剤は注射剤なので、飲み薬や塗り薬と比べて患者さんへの負担が大きくなる点もデメリットと言えるでしょう。

血中に投与されたリポソーム製剤は、体内の異物をキャッチする組織のせいで長時間存在できないという欠点がありますが、これはリポソーム表面をポリエチレングリコールという成分で修飾するPEG化によって克服しています。

もっと知りたい

 

抗がん剤として期待されるリポソーム製剤


 

日本国内の抗がん剤としてのリポソーム製剤は、2007年から販売されている「ドキシル」と、つい最近、承認・販売開始されたばかりの「オニバイド」が挙げられます。
リポソームがガン領域で用いられる理由をご説明しましょう。

健康な血管には、周りの細胞に酸素や栄養を届けるための小さな穴(最大30nm程度)が空いています。
しかし、がん細胞は急激に増殖するため、通常の血管からの酸素と栄養だけでは足りず、不足分を補おうと自らの組織周辺に新たな血管を作り出します。
この時、がん細胞は突貫工事で血管を作るため、その血管の壁は穴だらけ。
穴のサイズも100~200nmほどと大きく、脆くて不安定な状態です。

がん治療のためのリポソーム製剤は、この穴のサイズ差を逆手に取り、リポソームの粒の幅を50nm~100nmほどに設計しています。
つまり、がん細胞近くの血管の壁だけを通過する薬物送達カプセルになっているのです。

さらに、がん細胞付近はリンパ系も発達しておらず、有効成分が蓄積されやすい状態になっているので、成分をそこに留めながら作用させることができます。(EPR効果

そのほか、癌光化学療法への応用(※)も期待されています。

※リポソームに封入した光増感剤(光を吸収して得たエネルギーを他の物質に渡して作用させるもの)をがん細胞に集めて、そこにレーザー光を照射。ピンポイントでがん細胞を攻撃する。

こういった背景から、がん治療を目的としたリポソーム製剤の開発が盛んに行われているのです。

 

リポソーム製剤の種類一覧


日本のリポソーム製剤一覧表

(2020年10月時点、筆者調べ)

 

さいごに


 

リポソームの研究は1970年代ごろから行われてきましたが、血液中で長時間持たないという欠点から製剤化は難しいとされていました。
それが克服された1990年代以降には相次いでリポソーム製剤が登場し、近年では医薬品のみならず化粧品やサプリにも利用されるなど、ぐっと身近なものに。
現在もDDSや遺伝子工学の分野で盛んに研究開発が進められているので、今後も画期的なリポソーム製剤の登場に期待できそうです。

論文検索をしてみるだけでも、これまでのリポソーム研究の変遷が見えてきます。
この先どんなリポソーム製剤が登場するのか、論文から探ってみるのも面白そうですね。

 

もっと知りたい

関連記事

HPLC(液クロ)とは?分析メソッド開発経験者が原理を解説

HPLC(液クロ)とは?分析メソッド開発経験者が原理を解説

分析業界でよく聞くHPLC(液クロ)。 どんなものか正確に理解するのは、なかなか難しいのではないでしょうか。 今回は、製薬会社で多くの分析メソッドを開発してきた筆者が、分析未経験者に向けて「5分で分かるHPLC概論」をお届けします。 HPLCをおおまかに理解するための参考にしてみてください!   HPLC(液クロ)とは   HPLCとは、高速液体クロマトグラフィーを意味する“High Performance Liquid Chromatography”の略称。...

水素水の効果のエビデンスは?海外論文から探る

水素水の効果のエビデンスは?海外論文から探る

炭酸水やミネラルウォーターなど、近年、水に対する健康意識は高まっています。 水素水もそのひとつで、市販されているほか、水素水を作る機器も発売されています。 ただ、本当に水素水に効果があるのか、イマイチ確信が持てない人もいるでしょう。 そこで今回は、水素水の効果のエビデンス(科学的根拠)を示した海外論文をいくつか、論文入手サービスの『論コレ』よりご紹介します。   水素水の効果・効能   水素水が美容や健康に効果があるとされる最大の理由は、その「抗酸化力」にあります。...

癌の標準治療、民間療法、最新治療…各方法のメリット・デメリット

癌の標準治療、民間療法、最新治療…各方法のメリット・デメリット

癌(がん)には長らく、“不治の病”というイメージが定着していました。 今でも怖ろしい病気ですが、一方でたゆまぬ研究により、優れた治療法が日々開発されています。 そんな癌の治療法をいくつかの選択肢から決めるときは、がんの種類や進行度(ステージ)はもちろん、生活環境や将来のことも含めた総合的判断が重要。 そのため、事前に医師の説明を受け、治療についてよく理解したうえでの合意(インフォームド・コンセント)が推奨されています。 今回のコラムでは、そんな理解を助ける基礎知識として、各治療法の特徴やメリット、デメリットを紹介していきます。...

海外論文をダウンロードして読めるサイト3選

海外論文をダウンロードして読めるサイト3選

「海外論文をダウンロードして読みたい」 そんなとき使える3つのサイトを紹介します。 各サイトで特徴や強みが異なるので、自分に合ったサイトを決める参考にしてみてください。   Google Scholar(グーグルスカラー)   Googleが提供する学術文献検索エンジン。 無料で利用でき、世界中のさまざまな分野の査読論文、学位論文、学術書などが見つかります。 使い方も、通常のGoogle検索エンジンと同じようにキーワードを入力するだけ。...

海外の大麻(マリファナ)事情。医学論文から占う日本の今後

海外の大麻(マリファナ)事情。医学論文から占う日本の今後

日本では大麻が違法薬物とされており、栽培や所持は原則禁止です。 大麻取締法違反で芸能人が逮捕されるニュースは多く、最近だと伊勢谷友介さんや田口淳之介さんなどが記憶に新しいのではないでしょうか。 しかし海外に目を向けてみると、大麻をお酒やタバコのように楽しんだり、医療に活用したりする国も多くあります。 日本ではネガティブなイメージが定着しているのに、なぜ海外ではポジティブに扱われているのでしょうか? そこで今回は、 そもそも大麻とは 海外での大麻の扱われ方 大麻に関する医学論文...